大判例

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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7844号 判決

原告 三辰工業株式会社

右代表者代表取締役 高瀬喜代作

右訴訟代理人弁護士 大浜高教

被告 大同建設興業株式会社

右代表者代表取締役 河西吉太郎

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 岡崎秀太郎

被告 株式会社浅野プロセス製版社

右代表者代表取締役 太田穂積

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 安富東一

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、請求原因事実中、被告大同建設が昭和三六年四月四日被告浅野プロセスより、同社が社屋として新築計画した鉄筋コンクリート造四階建の本件建物の建設工事を、附帯する関連工事を含めて代金一、五五三万六、〇〇〇円で請負い、ついで同年六月二日右工事中別紙物件目録(一)に記載する本件設備の設置工事を、右設置に要する資材はすべて原告の負担とすること、右設備工事は本件建物完成の時までに完了することという約定のもとに、原告に下請けさせ、同時に金四〇万円を同日原告に支払ったこと、そこで原告は自己所有の資材を用い、右設備工事に着手し、翌三七年二月二〇日頃ほぼこれを完成させたことおよび同月一五日被告大同建設は完成した本件建物と共に本件設備をその工事完了につきいまだ東京都給水条例に定める最終検査を受けないままこれを被告浅野プロセスに引渡し、以後同被告が右設備を継続して使用しており、かつこれを現に占有していることは当事者間に争いがない。

二、そして当初締結された別紙物件目録(一)記載の本件設備設置工事の請負代金額は≪証拠省略≫によれば、当初から金一二〇万円であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

また、その後右設備工事に対する別紙物件目録(二)記載の追加工事の請負契約が原告と被告大同建設間で昭和三六年八月頃に締結されたことは≪証拠省略≫を綜合して認めることができ、右認定に反する証拠はない。

しかして、右追加工事の請負代金額については当事者に争いのあるところであるが、≪証拠省略≫によると、原告が本件設備工事をほぼ完成せしめた当時、未だ支払を受けていない請負代金額は金一〇五万円であったことが認められ、右認定を左右する証拠はない。ところで先に原告が被告大同建設より内金四〇万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないのであるから、結局追加工事を含めた本件設備の請負代金総額は金一四五万円であったと推認しうるのみならず、前掲甲第八号証にはその旨明記されているところであり、したがって、右金額より前判示の請負代金一二〇万円を控除した金二五万円が本件設備の追加工事請負代金額であると認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

三、そこで、まず、被告ら全員に対する本件設備の所有権侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求の当否について審究する。

(1)  原告が自己所有の材料を用いて本件設備をほぼ完成させたことは前判示のとおりであり、また≪証拠省略≫によれば、本件設備は、その性質上、被告大同建設が施工している本件建物(主体工事)建設現場に搬入され順次その建物に附加設置していったものであるが、被告大同建設は右設備工事代金を完済していなかったため、原告としては、完成した本件設備をあらためて同被告に対して引渡しをしたこともなく、またとくに右物件について所有権を移転する意思を表明するような行為をした事実のないことが認められるから、他に特段の事情の認められない限り、本件設備は原告の所有に属するものと解するのが相当である。

(2)  しかるに、被告らは、本件設備は、本件建物に従として附合した物であるからその所有権は本件建物の所有権者であった被告大同建設に帰属し、その反射的効果として原告はその所有権を喪失したと主張するから検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、原告が本件建物に施工した設備工事の状況は概ねつぎのとおりであると認められる。即ち、

(一)  本件社屋の地下一階の機関室には井水ポンプ一台(別紙物件目録二、井水設備の構成部分)と揚水ポンプ一台(同一、上水設備の構成部分)が床コンクリート台上に鉄ボルトをもって固結されている。右井水ポンプには床下コンクリートを貫徹して降るパイプが設置されており、又同ポンプおよび揚水ポンプには、屋上に至るまでの各階のコンクリート壁を貫徹して屋上に備え付けられている屋上水槽(右井水設備の構成部分)および高架水槽(右上水設備の構成部分)に連結するパイプ(これは給水用鉛管ないしは亜鉛鍍鋼管と解せられる)がそれぞれ設置されている。

右機関室の出入口左側に排水ポンプ一台(別紙物件目録四の排水設備の構成部分)が床コンクリート台上に鉄ボルトで固定され、右ポンプには床コンクリートを通して降る排水用ビニール管が備え付けられており、その前方に長径約五〇センチメートルの汚水用マンホール(右設備の構成部分)が床面に設置されている。

右機関室外部右側に赤色消火栓箱(別紙物件目録五の消火設備の構成部分)がコンクリート壁にはめ込まれて設置されており、右箱内に附属器具(右設備の構成部分)が保管されている右の消火栓には、各階にコンクリート壁を貫き通る給水パイプ(亜鉛鍍鋼管)が連結している。

右機関室附近の一室に天井からの吊金具の架台にファン及び電動機(別紙物件目録六の換気設備の構成部分)が天井に接し設置され、これには各階にコンクリート壁を貫徹して通ずる風導管(右設備の構成部分)が備え付けられている。

(二)  本件社屋一階の東側車庫内には副受水槽(別紙物件目録一の上水設備の構成部分で追加工事分)が壁に固着し、右水槽の下に直径約五〇センチメートルの受水槽用マンホールが床コンクリートに設置されており、右副受水槽からビニール管が右マホンールに連結されている。

(三)  各階の廊下に面しその天井には前記揚水ポンプならびに井水ポンプより連結していると認められる亜鉛鍍鋼管が露出して施設されている。各階の作業室流し場には、右各ポンプより連絡されていると認められる胴長水栓(前記上水設備および井水設備の各構成部分)が設置されている。

(四)  屋上には、前記高架水槽と屋上水槽がコンクリート土台上に設置され、同所エレベーター塔に面した高架水槽の側面にフロートスイッチ(前記上水設備の構成部分)および鉛管が備え付けられている。

(五)  右に記載した各設備の配管については壁中に存する部分を壁外に存する部分との接点で切断すれば除去が可能であり、その他の設備も撤去しえられるものがないでもないが、撤収後のこれら設備はこれを他に転用することができないものが多く仮に再使用できるとしてもその経済的価値は著しく低下する。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

右事実によれば、本件設備のうち、ある部分は、これを本件建物から分離することが物理的に必ずしも不可能ではないこと、即ち本件建物の床あるいは壁の内部に設備された配管工事等を別にすれば、右設備の分離工作によっては、本件建物自体にはほとんど物質的損傷を及ぼさず、したがって、分離により、物自体としての建物の経済的損失は生じないと認められないではないけれども、前記各ポンプ、各水槽、消火栓箱とその内部部品および風導管は、本件建物の床ないし壁コンクリートに附着し、更に、右ポンプ、水槽、および消火栓設備には、ビニール管や亜鉛鍍鋼管等の配管設備が連結し、その配管の一部分は建物のコンクリート壁および床の内部に入り込み、完全に建物の構成部分となっているのであって、かような構成部分と化した配管と構造上必然的に結合しその機能を発揮する右設備も一体となって本件建物に対する附着の結合度を強められていると解せられるばかりでなく、本件建物は被告浅野プロセスがその事務所および工場として使用する目的で新築されたものであり、本件設備は右目的に必要な附帯設備として本件建物に設置されたものであるという経緯に鑑みれば、右設備を本件建物より分離することは、前記のような使用目的を有する本件建物の経済活動を損わしめ、社会経済上大なる不利益を生ずる反面、たとえ本件設備の一部を建物の物質的損傷を加えずして分離しえたとしても、それはその時において設備たる機能を喪失し、個々の構成部分に分解された単なる動産と化し、しかもその価値は、それが分離前の設備としてもっていた価値に比しては勿論、それが未だ設備される以前に動産として有していた価値に比してさえ著しく低下減少し、廃品に等しくなることが明白である。

以上の事実関係からみれば、本件設備は原告において本件建物に設備したことにより右建物に附合し、その建物所有者の所有に帰したものと解するのが相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、本件建物は完成後被告浅野プロセスに引渡されるまでは、その建築請負人である被告大同建設の所有するものであったことが認められるから、所有権留保の特約があった等特段の事情の認められない本件においては、本件設備も少くともその敷設工事がほぼ完成した昭和三七年二月一〇日頃には右被告大同建設の所有するものとなったというべきである。

(3)  これに対し、原告は仮に本件設備が本件建物に附合したとしても、右は、原告が被告らとの間の請負契約もしくは委任契約(この成否については後に判断する)に基づき、権原に因り設置したものであるから、民法第二四二条但書の適用があり、本件設備の所有権は原告に留保されている、と主張する。しかしながら、同条但書にいう権原とは地上権、賃借権等不動産を利用する権利を指称し、かかる権利を有する者が他人の不動産に動産を附属させてもなおその者がその所有権を保有する旨を明らかにしたものであると解するのを相当とし、原告のような本件設備工事請負契約における請負人あるいは委任契約における受任者(但し委任契約の存否自体については後に判断する)は、本件建物の利用権を有するものではないから、たとえ原告が本件建物に設備工事を施したとしても、右にいう権原に基づいて設置したものというに当らないというべきであり、したがって原告の右主張は採用することはできない。

(4)  そうだとすると、本件設備が原告の所有であることを前提とする被告ら全員に対する不法行為による損害賠償請求は、その余の請求原因事実を判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから排斥を免れない。

四、そこで、次に被告浅野プロセスに対する委任契約に基づく委任事務処理費用償還請求の当否について審究する。

≪証拠省略≫を 綜合すると、東京都給水条例は、東京都の水道料金、給水装置工事の費用の負担区分その他供給条件および給水の適正を保持することを目的として定められ(条例第一条)たものであるが、同条例によれば、給水装置即ち、給水のために配水管から分岐して設けられた給水管およびこれに直結する給水用具または他の給水管から分岐して設けられた給水管およびこれに直結する給水用具の新設、改造および撤収の設計および工事は管理者(東京都水道事業管理者、同第四条第一項)が施行する(同第六条第一項本文)のが建前とされ、止水せん以下の給水装置の設計および工事については、管理者が指定する者(都指定水道工事店=工事店、同施行規程第一六条第一項)が施行することができる(条例第六条第一項但書)と定められている。けれども、実際には、この部分の工事は管理者が直接施行することは稀であり、工事店がほとんど施行していること、給水装置の新設等をしようとする者=工事申込者は、あらかじめ管理者に申し込み、その承認を受けねばならず(同第四条第一項)、工事店が給水装置の新設等の工事を施行する場合は、工事申込者の委任状を添えて管理者に申請し、その承認を受けねばならない(施行規程第一六条第一項)こと、これら申込に要する申込書および委任状は東京都水道局の作成にかかる備付の書面を用いていること、本件設備工事の中には給水装置をも包含している関係上、その施設をしようとする被告浅野プロセスは、東京都に対し工事申込をする必要があったが、被告大同建設は右工事店に指示されていないのに反し、原告は工事店に指定されていたので、被告大同建設と原告との間で協議の上、原告がこれを代行することに定めたこと、原告は右協議に基づき被告大同建設を介して被告浅野プロセスの押印ある委任状ならびに申請書の交付を受けてこれを東京都水道局に提出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実に徴すれば、被告浅野プロセスが原告に対し、委任状を交付したのは、ひとえに、給水装置新設に関し、東京都に申請する必要上その工事店たる資格を有する原告を利用したに過ぎないのであって、これにより本件設備工事の施工そのものを原告に依嘱したものではないと認めるのが相当である。けだし、前記施行規程第一六条第一項にいう申込者の委任とは給水装置の新設等工事施行の申請自体に関する委任と解するのが相当であって、工事施行に関する私法上の契約関係自体には直接関係がないものというべきであるばかりでなく、本件設備については原告と被告大同建設との間に請負契約が成立していることは当事者間に争いがないところであるのに、そのうちの給水装置について、原告と被告浅野プロセスとの間に原告主張のように工事施行に関する契約が成立したことを認めるに足りる証拠は存在しないからである。これを要するに、原告と被告浅野プロセスとの間において、直接に本件設備工事の施行に関し、原告主張のような委任契約は勿論これに類似した契約の成立したことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張もまた採用することはできない。

五、よって、終りに浅野プロセスに対する予備的請求たる所有権に基づく物品引渡請求の当否について判断するに、右請求は本件設備工事に使用された物件が、なお原告の所有に属することを前提とするものであるところ、前認定のとおり右物件の所有権はいずれも附合により本件建物の所有者に帰属し、既に原告はその所有権を喪失したものと認めるのを相当とするから、その余の点について判断をまつまでもなく、右主張もまた理由がないものといわなければならない。

六、そうだとすると、原告の主位的請求はいずれも認容し難く予備的請求もまた理由がないから、被告らに対する原告の各請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下関忠義 裁判官 中島恒 大沢巌)

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